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2010年05月 アーカイブ

野菜!エンダイヴとチコリー・・・その2

チコリーは、中世ヨーロッパで開発された軟白という栽培技術によってつくられたものなのです。

光を遮断して育てるというチコリーの軟白栽培がきちんとおこなわれるようになったのは、いまからちょうど一世紀半前のことです。

一八五〇年ころ、ブリュッセルの植物園の栽培部長だったブレジエという者が、エソダイヴのシコソまたはウィットルーフ("白い葉"という意味のフラマソ語)をつくる方法を発見しました。

彼はエンダイヴを光がまったく入りこまない植物園の地下室で栽培してみたのです。

すると驚いたことに、小さな楕円形のリンゴのようなものをいくつかつけるものがありました。

そこで彼はどうしてそのような特殊なものができるのか調べにかかりました。

そして、土が付け根をおおっているために、広がろうとする若い葉が押されて密着し、重なり合わざるをえなくなって、白い楕円形のリソゴのようなものができるのだということを確認しまし。

このようにして発見された栽培方法は長いあいだ秘密にされ、ウィットルーフは二十年以上ものあいだ"郷土野菜"にとどまりました。

しかし、すこしずつだが、次第にブリュッセル郊外で集約的に栽培されるようになっていきます。

野菜!エンダイヴとチコリー・・・その3

ベルギーはこの新野菜を輸出するまでになり、それはどこでも最大級の歓迎を受けました。

一八七八年、ベルギーからとどいたウィットルーフの最初の荷がパリ中央市場で売られました。

競り売り人は、この新野菜の名前を訊かれ、深く考えずに「ブリユッセルのアンディーヴ」と答えました。

こうして、英語ではチコリーという名となる新野菜がフラソスではアソディーヴ(エンダイヴ)と命名され、その名が今日なお用いられています。

クロロフィル葉緑素は光がないとできないので、暗闇で栽培されるチコリーは白化します。

葉緑素をもたない葉のかたまりであるチコリーは、エンダイヴの仲間のうちではいちばん新しい野菜です。

チコリーがはじめてつくられ、まだウィットルーフと呼ばれていたころ、この野菜には苦みがあったが、それはその後の徹底的な選抜によってとりのぞかれました。

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